2024年安息日学校ガイド第2期
 「大争闘」

20242期9課 神の統治の基礎

【日・聖所と律法】

贖罪日は裁きの日でした。その日、全イスラエルは、悔い改め、魂を探り、すべての仕事を控え、この集会に参加するよう命じられました。大祭司は至聖所に入り、十戒の板が収められた契約の箱の黄金の蓋(「贖いの座」と呼ばれた)の上に血を振りかけて清めました。十戒は罪が何であるかを示すものですが、それが納められた箱の上に血を振りかけることは、民の罪をキリストの血が清めることを象徴的に表わしていました。また民は幕屋の庭の祭壇で、日ごとの悔い改めの犠牲の動物をささげて神の憐みを受けてきましたが、贖罪日に再び民の罪の除去と聖所の清めが行われたことは、民の罪が裁きの日まで覚えられていることを示していました。また、ヨハネは黙示録の幻の中で、天にこの契約の箱が安置されているのを見ます(黙示録11:19)が、初期のアドベンチストたちは、このことは神の律法の神聖さと不変性を教えていると理解します。つまり、神の律法は十字架によって廃止されたのではないということです。特に、十戒の中で長い間、ないがしろにされてきた安息日の重要性に目を向けるようになっていきます。

 
【月・神の律法の不変性】

マタイ51718
「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。
廃止するためではなく、完成するためである。はっきり言っておく。すべてのことが実現し、天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない。」

律法は旧約時代の教えであり、キリストの十字架によって廃止されたのだと主張する人たちがいます。しかし、キリストははっきりと「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだと思ってはならない」「天地が消えうせるまで、律法の文字から一点一画も消え去ることはない」と言われました。キリストの十字架を象徴する様々な儀式(礼典律)は、その役割を終え廃止されましたが、「律法は聖なるものであり、掟も聖であり、正しく、そして善いものなのです」(ローマ712節)とあるように、神の律法が廃止されることは、そもそもありえないことなのです。「神の律法は、神の品性の写しであり、御座の基であり、人類の道徳的基盤」です。そのため、サタンはこれを嫌うのです (『希望への光』1805ページ参照)


【火・安息日と律法】

黙示録147
「大声で言った。「神を畏れ、その栄光をたたえなさい。神の裁きの時が来たからである。天と地、海と水の源を創造した方を礼拝しなさい。」

最終時代に生きる神の子たちに対して、聖書は天と地、海と水の源を創造した方を礼拝せよと教えています。ここで、単に主なる神ではなく、創造主としての神を礼拝せよと言っていることに注目しなければなりません。このメッセージの中に、第七日安息日の回復が含まれているのです。安息日は創造の記念日として十戒の第四条に明記されていますが、多くの教会はこれを無視し、第一日の日曜日に礼拝しています。神の裁きの時が来た時、これを正当化することができるでしょうか。また、真に安息日が回復されるとき、安息日が与えられた意味がわかり、その祝福にあずかることができるようになります。それは私達が神から創造された神の子であるという事実をより強く理解できるようになること、また安息日は神が私たちを聖別して下さるしるしとなることです。

エゼキエル書20章 12節
「また、わたしは、彼らにわたしの安息日を与えた。これは、わたしと彼らとの間のしるしとなり、わたしが彼らを聖別する主であることを、彼らが知るためであった。」


【水・獣の刻印】

黙示録1217
「竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。」

終末時代、安息日も含めて神の掟を守る者たちが残りの民として起こされます。ところが悪魔(竜)は彼らに対して激しく怒りを発します。いつの時代も悪魔は神と神を信じる者たちに敵対してきましたが、終わりの時代にはさらに激化します。それはなぜでしょうか。黙示録1212節を見ると、「悪魔は怒りに燃えて、お前たちのところへ降って行った。残された時が少ないのを知ったからである」と書かれています。悪魔は自分の時が短い、すなわち神に滅ぼされるときが近いということを知って、神に対する怒りを神が愛する者たちに向けるのです。その際、悪魔は二匹の獣として象徴されるローマ法王権力とアメリカが悪魔に加担します。その攻撃はまず神の律法を書き換えるという形で現れますが、多くのクリスチャンがそのことに気づいていません。

ダニエル書725
「彼はいと高き方に敵対して語り、いと高き方の聖者らを悩ます。彼は時と法を変えようとたくらむ。聖者らは彼の手に渡され、一時期、二時期、半時期がたつ。」


これまで繰り返し見てきた「一時期、二時期、半時期」(1260日の預言)、つまり1260年間というローマ法王が絶対的権力をふるっている時、彼は「時と法を変えようとたくら」みます。十戒のうち時を扱っているのは第四条だけです。この預言は明らかに、安息日(礼拝日)を第七日土曜日から第一日曜日に変えることを預言したものです。これは神の権威を奪おうとする試みであり、したがって、この点が真の礼拝と偽りの礼拝をめぐる最終的な争いの焦点になっていきます。聖なる日に神を礼拝せよという三天使の最後の呼びかけを拒否し、偽りの安息日である日曜日に獣を拝む者たちは、獣の刻印を受けることになります。


【木・三天使のメッセージ】

黙示録1412
「ここに、神の掟を守り、イエスに対する信仰を守り続ける聖なる者たちの忍耐が必要である。」

黙示録14章に記された三天使のメッセージのポイントは、「天と地、海と水の源を創造した方を礼拝」(黙示録147節)するのか、それとも「獣とその像を拝」(黙示録149)むのかという点です。獣すなわち悪魔を拝む者(神を第一としない者)は、安らぎを得ることができず、必ず倒れます。しかし、悪魔の最後の攻撃と誘惑のただなかで、イエスに対する真の信仰を守り続けるには忍耐が必要です。ところで、「イエスに対する信仰」と言う言葉は、「イエスの信仰(主ご自身が持っておられる力強い信仰)」と読むこともできます。神の印を押される者たちというのは、このイエスの信仰を内に持ち続けることで、勝利することができるのです。

 

 

 


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